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はじめまして☆

092jibstyleの こじろう です。


092jibstyleを、ジブのことなら任せろ!!と胸を張って叫べるような場所にしたいと思っています。2006年春現在で ボード歴10年、ジブ歴5年になるボクが、今までにコツコツと溜め込んできた知識やノウハウを、あなたに余さず お話したいと思っています。

そうすることにより、ジブを楽しいと思ってくれる人が増え、スノーボードシーンがアツくなっていってくれれば いいなと思っています。

ところで、092って何だ!?って思われたかも知れませんが、ただ単に福岡市の市外局番です。そうです、ボクは福岡で 滑りまくる室内ボーダーです★

地元だからってこともあるかも知れませんが、福岡のスノーボードシーンはかなりあっちっちです。そんな福岡から 発信するので092ってつけてます。

なんか「011」のパクりみたいですね(笑)

そんなボクを手短に自己紹介させてもらいます。

1985年、某家の次男として生まれる。

生まれは福岡県福岡市〜まぁそれなりの住宅地です。福岡の中心地、天神にもチャリで30分くらいの距離のところ。

そのまま小3までは福岡で平凡に過ごし、小4から父親の転勤で札幌へ。この地でボクは、これ以上ない「遊び」に はまってしまいます。それがスノーボードです。

小5の冬には小学校が終わるとゲレンデに行き、クローズまで一人っきりで黙々と滑るようになってました。当時は まだスノーボードがそれほど普及していなかったので、同い年でやっているコはいませんでした。

同じ時期にはじめた兄の影響を受けつつ、ひたすらフリーランにはまり、とにかく滑ってました。

ひたすらフリーランをしているうちに中学生に。中学校で仲良くなったコにアルペンスキーに誘われクラブチーム に入っちゃいました。それからはボードもしつつ、スキーをメインに過ごしました。

何気に新人戦で10位になったり、スキーの1級をとったりし、スキーも楽しいなぁなんて思っていました。

そして中3。またまた父親の転勤で福岡に帰るはめに…。

ボードやスキーが出来なくなるコト、プラス、めちゃくちゃ仲良かった友達との別れで落ち込みました。

そんなとき、福岡には室内ゲレンデがあるということを知り、早速行ってみることに。

はじめて見る室内ゲレンデはすごく狭く感じました。でもそこには、当時のボクにとってはちょうどいい大きさの キッカーがありました。札幌にいた頃はフリーランに夢中でキッカーにはあまり入っていなかったのですが、 やってみると意外におもしろい!すぐにはまっちゃいました♪

ですが、その頃ボクは中3、受験勉強まっただ中です。ですから、とりあえずお勉強しました。

そして、高1。やっとスノーボードだぁと思った矢先、なぜだか知りませんがボクはラグビー部にいました。 ラグビーは楽しかったですよぉ!ただケガが絶えなくてスノーボードどころじゃなくなってました。

ボクはすっごくスノーボードがしたかった。

てなわけで、さっそく退部届けを出して帰宅部員に。

バイトも始め、スノーボード資金を稼ぎました。親にはボードをすることを反対されていたので 自分で稼ぎました。

そして週3くらいで室内ゲレンデ「ビッグエア福岡」に入り浸るようになりました。高1の秋くらいです。

いつのまにか、キッカーの横に設置されていたレールにも入りだし、ジブという新しい遊びにどっぷり浸かっていきました。 これが2001年のお話です。

それからは、ひたすらジブとワンメイクにはまり、ビッグエア福岡に通い続けました。もちろん冬には広島や北海道にも 行きました。

高2の頃からロシニョール(Rossignol)から物品の支給を受けれるようになりました。

そうこうしているうちに、またまたお受験。大学受験です。ですが、関係なく滑っちゃいました♪そしたら大学も 滑っちゃいましたぁ♪♪笑

私立には受かっていたんですが、どうせ奨学金もらって自分で返さなきゃいけないので、国立目指して浪人することに!

浪人中は現役の時よりビッグエアに通っちゃいました。ビッグエアの大会にもガンガンでました。彼女も作ったし、 家庭教師のバイトもしていました。

はたから見ると絶対受かるはずのない受験生です。センター試験と二次試験の間には広島にも滑りにいってました。

あなたも、こんなやつが国立に受かるはずが無いと思っているはずです。しかし、奇跡は起こったのです。
いや、奇跡と言ったらボクの努力が水の泡になってしまうので言い直します。

そう、1年間の努力が報われたのです。

2005年春、九州大学工学部機械航空工学科に無事合格しました。

大学に受かってからも、コンパとかには行かずに、ひたすらスノーボードをしてきました。なぜならこれ以上楽しい 「遊び」は無いと思うからです。

そして、2006年新春は北海道に篭り、今に至ります。